― 生成AIで「学びの枠」を外す ―Unlock Learningの実践― (東京学芸大学附属小金井小学校教諭 慶應義塾大学非常勤講師 東京学芸大学ICTセンター所員 鈴木秀樹氏)


多様な子どもが共に学ぶために

「「やまなし」という物語は意味がわからない」「オチがなくてビックリした」――宮沢賢治の名作を前に、小学6年生からこんな声が上がった。しかし授業が終わる頃、子どもたちは作品の比喩表現や色彩描写を自ら読み解き、「なぜこの題名なのか」について熱く議論していた。この変化を生み出したのは、生成AIを活用した「多様な学び方の保障」である。

私は東京学芸大学附属小金井小学校で、ICTを活用してインクルーシブ教育を実現する「ICT×インクルーシブ教育」に取り組んでいる。本稿では、生成AI時代における「多様な学びの包摂」について、具体的な授業実践を交えながら紹介したい。

「読・書・問」の再定義とUnlock Learning

私の実践の基盤には、学部時代の恩師・沼野一男先生から学んだ「読・書・問」という考え方がある。「読」とは単に文字を読むことではなく「他から与えられる情報を正確に理解する能力」であり、「書」とは「自分が他に伝達したいことを正確に他人に伝えられる能力」を指す。つまり、情報を「理解」できるなら読み上げ音声でも構わないし、「伝達」できるならタブレット入力でもよい。そして何より「それはなぜか」を問う「問」の力こそがこれからの時代には重要であるという考え方だ。

この発想は、ICT×インクルーシブ教育の土台となった。書字が苦手な子どもにタブレットでの入力を勧めることも、学習者用デジタル教科書の読み上げ機能を活用することも、この延長線上にある。

そして今、生成AIの登場により、この可能性は大きく広がっている。私たちは、子どもが学習の「枠」を取り払ったり、枠の形を変えたりして学びを広げていくことを「Unlock Learning」と名付け、実践を重ねている。従来の授業では、「まず自分で文章を書き、それを発表し合う」という固定的な流れがあった。しかし、その「枠」に入れない子どもは、学びの入口にすら立てないことがある。生成AIは、こうした「枠」を柔軟に変える強力なツールとなり得るのだ。

生成AIが拓く「個別最適な学び」―「やまなし」の授業から

冒頭の「やまなし」の授業では、子どもたちに3つの学び方を提示した。一つ目は「自分でゼロから考えを書く」方法。二つ目は「小さな質問に答えていくAI」を使う方法で、AIが「物語のはじめの方で、カニの子どもたちは何について話していましたか?」といった質問を順に出し、子どもが答えながら教科書を読み直していく。三つ目は「AIに別の月を作らせる」方法で、作品にある「5月」と「12月」の間の月の物語をAIに作らせながら、原作の表現技法や構成を考える。

生成AIで違う月の物語を作る

注目すべきは、どの方法を選んでも、最終的に子どもたちは「5月」と「12月」の対比について深く考えることになった点だ。「小さな質問に答えていくAI」を選んだ子どもは、普段は文章をまとめることが苦手でも、AIとの対話を通じて作品を丁寧に読み直し、自分なりの解釈に到達した。「別の月を作らせる」を選んだ子どもは、AIが生成した文章に「これは宮沢賢治らしくない」と注文をつける中で、原作の比喩表現の巧みさに気づいていった。

これこそがインクルーシブ教育×AI活用の核心である。多様な子どもがそれぞれに合った方法で学びに参加でき、しかも全員が同じ学習目標に向かって考えを深めることができる。「AIが子どもを考えなくさせる」という批判があるが、それは使い方次第である。むしろAIは、これまで学びの入口に立てなかった子どもに参加の道を開き、「考えるきっかけ」を与える格好のツールになり得る。

現代の授業にタブレットは必須のツール

世界に共通する課題への示唆

2025年度JICA課題別研修「インクルーシブ教育制度強化」(注)で来日した15カ国19名の研修参加者に授業を公開する中で、「多様な学習ニーズへの対応」「教員研修」「理論と実践のギャップ」といった課題が各国に共通していることを実感した。

生成AIを活用したUnlock Learningの実践は、こうした課題に対する一つのアプローチを示している。重要なのは、AIを「答えを与えるもの」としてではなく、「子どもが考えるための足場」として位置づけることである。そして、その足場は子どもによって異なっていてよい。「全員が同じ方法で学ぶ」という枠を外し、「全員が自分に合った方法で同じ目標に向かう」という発想への転換が、真のインクルーシブ教育を実現する鍵となる。

Unlock Learningを妨げるものがあるとすれば、それは私たち教師の思い込みかもしれない。「何かを書かせる授業では、タブレットではなく手書きで書かせなければならない」「全員同じ方法で取り組ませるべき」――そうした固定観念は、おそらく日本だけのものではないだろう。研修参加者との対話の中でも、「通常学級の教員は障害のある子どもに対応する能力が不足している」「教員養成課程で学んだことが現場で生かされていない」といった声が多く聞かれた。その背景には、「教育とはこうあるべき」という各国それぞれの固定観念が横たわっているのではないだろうか。

生成AIは、そうした思い込みを乗り越えるための強力なツールになり得る。教師が一人で30人の子どもに異なる足場を用意することは現実的に難しい。しかし、AIを活用すれば、それぞれの子どもに合った学びの入口を提供することが可能になる。大切なのは、AIに何をさせるかではなく、AIを通じて子どもたちの学びをどうUnlockするかという視点である。

私たちの実践はまだ道半ばだが、今後も「インクルーシブ教育×AI活用」の可能性を探り、その知見を国内外に発信していきたい。多様な子どもが共に学び、共に育つ教室の実現に向けて、日本の教育実践が世界に貢献できることを願っている。

生成AIを活用した公開授業には高い関心が寄せられる

(注)本研修は、JICA横浜センターが主轄し、開発途上国の教育行政官や教育政策立案に携わる中核人材等を対象としている。日本のインクルーシブ教育/特別支援教育の知見や、個々の教育的ニーズに応じた多様な学びの場の提供といった柔軟な制度設計を事例として共有し、各国の文脈に適したインクルーシブ教育システムの構築・改善に向けたアクションプランの策定を目的としている。

■筆者プロフィール

鈴木秀樹
東京学芸大学附属小金井小学校教諭。慶應義塾大学非常勤講師。東京学芸大学ICTセンター所員。慶應義塾大学大学院社会学研究科教育学専攻修士課程修了。私立小勤務を経て2016年より現職。2024年には文部科学省「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関する検討会議」委員としてガイドライン改訂に携わる。ICTを活用したインクルーシブ教育、学習者用デジタル教科書、生成AIを活用した授業づくり等がメインテーマ。年に3〜4回行う公開授業を中心に幅広く発信している。近著に「『非常識』な授業づくり 悩んだ時に立ち返りたい40の疑問」(明治図書)、「Unlock Learning 特定分野の特異な才能への支援は、すべての子どもの学びにつながる」(佐藤牧子と共編著、金子書房)。

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