独立後にチュニジアが取り組んだ教育の質の向上と 新型コロナウィルス感染症パンデミック後に待ち受ける今後の課題

第8回アフリカ開発会議(TICAD8)に際し、開催国であるチュニジアで教育支援に取り組まれているユニセフ事務所の教育担当官である渡辺千恵子氏より寄稿いただきました。チュニジアのすべての子どもたちが公平で質の高い教育を受けることができるよう、共にチュニジアの子ども達の教育について考える機会となれば幸いです。

チュニジアの教育を取り巻く環境

チュニジアは1956年のフランスからの独立以来、教育を国家の最重要課題と位置づけ、フランス式教育からアラビア語を基本とするチュニジア式教育へと転換させる教育制度改革に大きな力を注いできました。1970年代に入ると、公的な教育機関では数学や理科(科学)など一部の科目を除き、ほとんどすべての教科をアラビア語で教えるようになりました。[1]

1990年、チュニジア政府は新しい教育法を制定し、6歳から16歳までのすべての児童・生徒を対象に基礎教育[2]を義務化し、無償で提供することを定めました。それ以来、就学率は目覚ましく向上し、国立統計研究所の複数指標クラスター調査6[3] (MICS6)によると、2018年の初等・前期中等教育の就学率はそれぞれ96.9%と82%でした。

2016年、チュニジア政府は野心的な教育改革に着手し、教育者の能力開発、学習成果の向上、不登校や中途退学の児童・生徒の減少などを盛り込み、教育の質に焦点を当てた「教育セクター計画2016-2020」を策定しました。平均でGDPの約6%、国家予算の15%以上を教育に投資し、漸進的な取組を行うことにより、男女平等の普遍的初等教育を達成しました。

このように様々な努力や進歩があっても、なお多くの課題が残されています。MICS6が示すように、7歳から14歳の児童・生徒の33%が基本的な読み書き能力を身につけておらず、72%が基本的な計算能力を身につけていない状態です。同調査では、95%の児童が初等教育を修了しているのに対し、後期中等教育(日本の高校に相当)修了者は50%未満に留まっていることが示されています。また、世帯収入によって子どもの学業修了状況に大きな格差があることも明らかになっています。最富裕層の子どもの95%が前期中等教育(日本の中学校に相当)を終えているのに対し、最貧困層では、53%しか修了しておらず、後期中等教育については、最富裕層の子どもの修了率80%に対し、最貧困層の子どもたちはわずか24%となっています。

教育分野におけるユニセフの活動

ユニセフは数十年にわたり教育省を支援してきました。持続可能な開発目標(SDGs)に関しては、2017年から包括的なアプローチを用いて、SDG目標4「質の高い教育をみんなに」を達成すべく教育省と共に活動しています。包括的な取組の中には、カリキュラム(教育課程)改革の支援、カリキュラムや教育現場へのライフスキルの主流化、教員養成課程及び現職教員研修への支援、全国での学力調査システムの開発支援、中央及び地方レベルでの行政能力の強化などが含まれています。また、ユニセフは、中途退学の危機にある青少年とすでに中途退学した青少年の両方に対するオルタナティブ教育の整備を支援してきました。関係省庁との連携による中途退学予防と改善の両方に重点を置いた活動は、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度の構築を求めるSDG目標16の達成に寄与していると思います。

新型コロナウィルス感染症パンデミックの影響

パンデミック以前は、過去10年で10万人の児童・生徒が学校を中途退学し、5万人の児童が中途退学の危機にあると推計されていました。Withコロナの日常となってから、ほとんどの子どもたちが学校に通い始めた一方で、パンデミックの短期間に、約3万人もの子どもたちが代替手段もなく、そのままニート状態に陥っています。

新型コロナウィルス感染症パンデミックは、チュニジアに以前からあった学習危機を更に悪化させました。2019年度[4]には4か月間、学校閉鎖のため子どもたちは学校に行けず、2020年度の全期間、物理的な距離を保つため対面授業時間は半分に削減されました。2021年9月になって学校は本格的に再開されたものの、パンデミックの影響により、近年でも最悪の学習格差が起きています。教育省の推計によると、2021年度中には、主に新型コロナウィルス感染症のパンデミックがもたらした負の影響によって、約7万人の児童・生徒が学校を中途退学し[5]、これらの子どもたちが暴力、児童労働、非正規移住、法に抵触する行為に関与するなどといったリスクにさらされる可能性が高まっているとのことです。

ユニセフによる青少年の不就学・中途退学者減少のための支援活動

チュニジアにおけるユニセフの主な教育活動の中でも、現在私が携わっている2つの最重要プログラムである「セカンドチャンス」と「中途退学防止モデル」を紹介します。

教育プログラム「セカンドチャンス」

「セカンドチャンス」プログラムは、12歳から18歳の就学状態にない青少年を対象に、教育省、社会福祉省、雇用・職業訓練省の3省によって2016年に開始されました。このプログラムは2つのコンポーネントから構成されています: 1)支援を求める青少年一人ひとりに面談を通して進路サポートを行う「Ma3aK」[6]コース、2)一人ひとりの進路計画に沿って、必要なライフスキル獲得を目指した6~9か月間にわたる教育講座を提供する「Intale9」[7]コース。どちらのコースも、学校への復帰や職業訓練への参加、又は16歳以上の青少年の場合は、彼らのニーズと希望に応じて、労働市場への参入を支援することを目的としています。ユニセフの支援により、2020年末までにチュニスで2つのセカンドチャンスセンターがオープンしました。現在までに、1,861人の青少年がセンターで提供されるMa3akとIntale9のコースの恩恵を受け、約926人の青少年が学校に戻るか、職業訓練プログラムに参加するか、就職先を見つけるという、前向きな選択をしています(2022年6月7日現在)。

ユニセフ/2021年7月 チュニスのバブ・エル・カドラセンターにて

中途退学防止モデル

2018年、ユニセフは6つの県[8]で中途退学率の高い9つのパイロット校を対象に、4つの活動[9]で構成された中途退学防止モデルM4Dの考案と、試験運用の支援を開始しました。M4Dモデルの開発後、4つの活動をこれらのパイロット校に導入し、予防・改善策を通じて、中途退学者の削減に取り組んでいます。現在までに、850人の中途退学のリスクのある生徒が、プログラムによって開発された早期警告システムを通じて特定・支援されました。また、9校で合計5,893人の生徒がプログラムの試行により直接利益を享受し、231人の教育関係者が同モデルの4つの活動について研修を受け、パイロット校での効果的な活動の実施に努めています。教育省は、2022年度に、M4Dモデルを新たな9校に展開する計画です。これに加えて、チュニジア国内の市民社会団体と連携して、25校で行ったライフスキル習得のための課外活動への参加により、4,992人の生徒がライフスキルを向上させることができました。

 2022年、カスリーヌのエカルキア校の図書館クラブに所属する生徒たち

最後に

他の国々と同様、チュニジアでも新型コロナウィルス感染症による教育への影響は深刻です。国の長年にわたる取り組みに悪影響を及ぼしており、学習困難に直面し、中途退学の危機にさらされ、中途退学してしまった子どもや青少年の数が急激に増え、国内の学習格差を更に増大させています。

近年、チュニジアではPISA(生徒の学習到達度調査)やTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)などの国際的な学力調査への参加を取りやめ、国内で学力を測定するシステムを開発していこうと動き出したばかりです。これにより、最新のデータが得られないことに加え、新型コロナウィルス感染症の影響により、現在の子どもたちの学力や、教育分野への支援の効果が把握できていない状況です。

今年7月1日、チュニジアは「教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE)」[10]への参加を表明し、セクター分析と中・長期戦略計画の策定を開始することになりました。チュニジア政府にとっては、これが今後数年間、教育の公平性と質の重要性を再認識する良い機会になると思います。

デジタル学習やライフスキルに基づいた教育などの新しいトレンドが生まれ、国内外のパートナーがそれらに大きな関心を寄せている一方で、チュニジア政府が子どもたちの現在の学力を調査し、その結果に基づく必要な措置を講ずることも同様に重要です。特に基礎教育(初等教育と前期中等教育)においては、すべての子どもが基礎学力を習得し、それぞれの望みや志に応じて自らの可能性を最大限に活かせるよう動機付けや支援を行うことは喫緊の課題だと思います。これらはまた、新型コロナウィルス感染症によりもたらされた学習危機に対処するために、ユニセフがパートナーと共に最近開始したRAPIDアプローチ[11]の主要なアクションとしても強調されており、迅速な行動に向けてグローバルな取組が求められています。

注:本文書に記載されている内容は、私個人の見解であり、必ずしも特定の組織の見解を示すものではありません。
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■著者プロフィール

渡辺 千恵子(WATANABE Chieko)

ユニセフチュニジア事務所教育担当官。
大阪府立中学校教員、在ウガンダ・ジブチ大使館、(株)コーエイリサーチ&コンサルティング勤務などを経て、2021年より現職。
 
 

[1] 出典:国別報告書「チュニジアの高等教育制度」国家情報センター地中海ネットワーク、2019年6月、 http://www.meric-net.eu/files/fileusers/275_Tunisia_National%20Report%20template_MERIC-Net.pdf

[2] 基礎教育は6年間の初等教育と3年間の前期中等教育の2段階で構成されている。

[3] 2018年にユニセフの支援により国立統計研究所が実施した「MICS6」。チュニジアの子どもや女性がおかれている状況を全183個の指標を使って調査することを目的としており、平均5年に1度の頻度で実施されている。MICS6では合計11,225世帯を対象に調査を行い、その結果は2019年に公表されている。

[4] チュニジアの学校年度は9月に始まり、翌年6月に終わる。

[5] 出典 : 2021年9月「Tunisie Numérique」の記事「教育省:昨年は6万9千人が退学」 https://bit.ly/3ixWJHq/

[6] “Ma3ak”とは、アラビア語で「あなたと一緒に(with you)」という意味である。

[7] “Intale9″とは、アラビア語で「進め (Go ahead)」という意味である。

[8]  アリアナ、ビゼルト、ガベス、ケビリ、スファックス、シリアナ

[9]  M4Dモデルは、1. 退学リスクのある生徒を発見する早期警告システム(プラットフォーム)の導入、2. 学習支援/個別指導、3. 補習指導、4. 課外活動という4つの活動で構成されている。

[10]  教育のためのグローバル・パートナーシップ: https://www.globalpartnership.org/

[11]    RAPIDアプローチでは、以下の5つの主要な行動を各国政府に求めている。1. すべての子どもが、学校に通えるようにする、2. 学習レベルを定期的に評価する、3. 基礎的な学習を優先させる、4. 失われた学習を取り戻し、進歩を加速させるため補習授業を含め、指導の効率を上げる、5. 子供が学ぶ準備ができるように心理社会的な健康と福祉を向上させる。(訳注:https://www.unicef.or.jp/news/2022/0131.html

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