高等専門学校の魅力と海外展開への取組(国立高等専門学校機構 栂伸司 本部事務局教授/国際総括参事)

日本の産業の成長を支えてきた高等専門学校(以下、高専/KOSEN)は世界に類のないユニークな教育システムで、今、世界から注目されています。

高専は、中学校を卒業した15歳の、感受性が豊かで意欲と才能にあふれる若い学生を受け入れ、本科5年一貫の教育によって高度な専門性を身につけたエンジニアやビジネスパーソンに育てる教育機関です。高専は、1962年に最初の国立高専が設置され、現在、国立高専51校(55キャンパス)、公立高専3校、私立高専3校で、5万人以上の学生が学んでいます。また、2023年度に新たな私立高専が開校し、公立高専1校の設置も計画されています。昨年に高専制度は設立60周年を迎えましたが、最初の高専が設立された高度経済成長期より現在まで、高専は実践的な技術者を産業界に輩出し、卒業生は非常に高い評価を得ています。就職を希望する学生に対しては、企業より十数倍の求人が寄せられ、就職率ほぼ100%となっています。これは、設立以来、地域・企業との連携を密にし、社会の要望に迅速に対応してきた成果であると考えています。

国立高専は、社会のグローバル化や変貌する学術・産業分野や新しい時代の様々な課題に果敢に挑戦し、時代の要請に応える、革新的で実践的なエンジニア:”Social Doctor”やInnovator・Creatorを輩出することを目指しています。”Social Doctor”は、国立高専機構の谷口功理事長が、高専の育てる人材像を表現した言葉で、卒業生が高度な知識や技術を社会につなげることで、世の中の課題を広く解決してほしいとの思いがこめられています。

高専教育では、”Social Doctor”やInnovator・Creatorを育成するため、専門科目と一般科目をくさび型に配置しています。低学年での理数科目を基盤とし、高学年に向けて徐々に専門科目が増え、4、5年生でのPBL(課題解決型学習)や卒業研究に接続されています。また、専門教育については、講義、演習、実験・実習の3つのフェーズを繰り返しながら、段階を踏んで徐々に学生のレベルアップを図る、スパイラル型の教育体系となっています。課外活動においては、学生には、高専特有のロボットコンテスト(ロボコン)、プログラミングコンテスト(プロコン)、デザインコンペティション(デザコン)などの、多くのコンテストに参加する機会があります。高専では、多様な背景を有する優れた教員(30%以上が民間企業等の経験を有し、90%以上が博士号または修士号を保有)が、学生一人ひとりの特性を把握し、能力を引き出し、活躍できる場を見出します。学生は、この教育体系や教育機会を通して、基礎から応用までを経験し、創造性と実践性を兼ね備えたエンジニア・専門家、起業家に育ちます。

このような日本独特の教育システムである高専について、ここ数年、海外からの問い合わせが急増しています。問い合わせをいただいた国々では、大学や工業高校で技術者や技能者を育成しているものの、産業技術立国へのさらなる発展を目指して、その発展の基盤となる実践力・創造力を兼ね備えたエンジニアを育てたいとの考えをもつなかで、日本には高専という60年間実績を残してきた独特の教育システムがあると知り、興味を持たれたというケースが多いようです。さらに調査を進められた国々では、高専がイノベーション人材の養成機関だと理解され、高専教育システムの導入について具体的な相談をいただいております。

すでに高専教育システムのエッセンスを取り入れて学校・学科を立ち上げた事例として、モンゴル高専、タイのテクニカルカレッジのプレミアムコース、ベトナムの工業短大の高専モデルプログラムコースがあります。

さらにタイでは、高専教育システムを海外に本格的に導入する事業として、2校のタイ高専(2019年にKOSEN-KMITL、2020年にKOSEN KMUTT)が設置されました。これは、日タイ両政府による円借款協力事業「産業人材育成事業」での合意に基づいて、タイ政府の20年間長期国家戦略「タイランド4.0」(2016年に公表された、デジタル経済の発展と新世代産業の育成を柱としたイノベーション主導型の経済成長路線への転換)を担う人材の育成のために設置されたものです。タイ高専2校にはタイの中でも非常に優秀な学生が集まって、タイの将来を担う、実践力・創造力を備えたエンジニアとなるため、日々研鑽に努めています。国立高専機構では教員を派遣して、タイ高専に、高専とは何か、高専教育とは何かを伝え、タイ人教員と共に学生の成長を支えています。

また、本事業の中では、タイ高専の全学生が、高学年の1ヶ月間、日本の高専を訪問し、日本の学生と一緒に実験実習などに取り組む機会も設けられており、両国の学生の異文化理解と異文化協同の体験を得る好機となっています。

国立高専機構では、各国の高専教育に対するニーズに応じて、情報の提供や教員の派遣など、高専教育システムの導入支援を行っております。こうした高専の海外展開は、技術者教育分野での国際貢献である一方で、国内の高専に対しては、高専教育の優れた点や改善しなければならない点を映し出す「鏡」となっており、海外展開を通じて、”Social Doctor”やInnovator・Creatorの輩出のためのよりよい教育システムへと改善を続けています。

岸田首相のタイ高専訪問(2022.5.2)KOSEN-KMITLでの実験実習

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■著者プロフィール

栂 伸司(TOGA, Shinji)
独立行政法人 国立高等専門学校機構 本部事務局教授(併)国際総括参事
博士(工学)、富山高等専門学校にて、国際教育センター長、校長補佐を歴任。2021年より現職。

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