UNESCOアジア太平洋地域科学局の取組について


“戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。”[1]
UNESCOの“S”は「科学(Science)」の“S”です。

 

1UNESCOのミッション、ユネスコ・アジア太平洋地域科学局について

アジア太平洋地域は、全世界人口の約2/3を占めており、それぞれの国が多様な経済、宗教、政治体制、文化を有しています。一方で、深化するグローバリゼーションと急速かつダイナミックに進む発展のもとで、この多様性は各国政府および社会にとって大きな課題となっています。UNESCOジャカルタ事務所、ユネスコ・アジア太平洋地域科学局は、各国政府及び行政機関、その他非政府系機関と緊密に連携しながら、全ての人が平和と人権を尊重する文化のもとで、持続的で実りある発展を遂げられるように務めています。

UNESCOでは、人々がヘイトや不寛容のない「地球市民(global citizens)性の醸成」のための教育ツールの開発や、全ての子どもと市民が質の高い教育を受けることを保障するための取組、世界文化遺産登録を通じて文化の尊重を促し国家間の絆を強化する取組、科学プログラムや施策の促進を通じた開発と協力のプラットフォームとしての取組を行っています。その他、民主主義と発展および基本的人権の尊重の鍵ともなる「表現の自由」を支持しています。また、各加盟国が2030アジェンダ – 持続可能な開発目標(SDGs)達成にむけ国際基準に準拠することを支援し、関連プログラムを実施することを通じ、実現のためのアイデアを自由に醸成する拠点となり、国境を越えた知的交流を促進しています。

 

2.アジア太平洋地域のニーズ、UNESCOジャカルタ事務所のSTEMへの取組

STEM教育は、全ての人々が今日の知識基盤社会に参画し、市民生活を送る上で必要となる科学的・技術的な知識とスキルを身につけるための礎となるものです。アジア太平洋地域においても、特に若年層が就労を得るためには、STEM教育を通じて当該分野に必要なスキルを習得していることが重要な条件となっています。STEM教育の可能性を広げるべく、UNESCOでは、アジア太平洋地域の特に発展途上国の生徒・学生に対し、実践的な実習キットの提供や、公的および民間セクターの協働を通じて、科学教育の強化に継続して取組む予定です。STEM教育には、実践的な演習を通じたクリエイティブ思考の醸成が含まれており、教育セクターはSTEMにおける新しい教育手法を定着させることが求められ、応用的で、創造的で、革新的な教育をもって知識を習得することが可能となれば、全ての学年、校種の子どもたちにとって、STEM科目はより分かり易く、魅力的な科目となることでしょう。STEM教育は、政策面と手法・アプローチを中心とした技術面という2つの側面から取組を進める必要があります。

新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)パンデミックのもと、多くの子どもたちは遠隔教育にて学校のクラスに参加することを余儀なくされました。特に、実験や演習を必要とする理科科目のカリキュラムで授業を行うことには、多くの困難を伴いました。UNESCOジャカルタ事務所が2021年6月に実施した「COVID-19パンデミック下における遠隔教育実態調査」調査では、全回答数220件のうち52%が学校教員もしくは大学教員でしたが、55%が「理科教育での介入に制限がある」、38%が「オンライン授業では研究室(ラボ)での実験・演習の実践に困難がある」と回答しました。その他、10%が「オンラインプラットフォームを効果的に活用するためのガイドライン・研修が必要である」と回答しました。特に、教育資源が限られる小島嶼開発途上国(SIDS)の教員からは、従来のクラス運営から脱却し、イノベーティブな変容と適応が早急に求められている、との意見が出されました。LINKS(先住民族や地域の知識体系Local Indigenous Knowledge System)は、当該地域に即した理科学習を行う上での強力なツールとなり得ますが、その地域の資源をどのように教育に活用するか、また、その地域の古くから伝わる知見を理科学習にどう反映させるか、現場の教員の教育手法を、従来のクラス方式からオンライン授業方式にどのように移行させるか等の問題が山積しています。

UNESCOジャカルタ事務所は、これらの課題に対し、オーストラリア国立大学、Science Circus International[2]と協働し、オンラインマスタークラス研修や、教員による「COVID-19パンデミック下での理科コミュニケーション・理科演習」実践コンペティションなども実施しています。アジア大洋州地域、特に小島嶼開発途上国(SIDS)の教員が、遠隔教育にてLINKSを用いながら理科の授業や演習を行う能力の向上を目指しSDGsゴール4,9,13の達成にも資するものです。研修「実践理科シリーズ」では、教員、教師トレーナー、その他教育者、理科教育関係者に、オンラインでSTEM教育を行うことについて、その課題を考え実践する機会を提供しました。このシリーズは、遠隔ワークショップで開催し、アジア大洋州地域から多くの参加がありました。

 

写真1:ANUグラハム教授による消火装置の実験 ©UNESCO、ANU

https://openresearch-repository.anu.edu.au/handle/1885/248285

https://www.youtube.com/watch?v=QvERJZB0dcg

https://www.youtube.com/channel/UChb9pA3ZTfNp4prsRhpenmg/

また、科学・工学・技術イノベーション(SETI)活動は、持続的な社会経済開発において、その重要性はますます高まり、特に基礎教育での算数と理科科目の教育の質が、開発課題に直結する問題となっています。

 

3.日本型教育の活用:東ティモール民主共和国を対象とした無償資金協力(UNESCO連携)、東ティモールにおける初等理数教育強化計画

東ティモールが2030年までに低中所得国から脱却し、高中所得国に移行するためには、良質な人的・物的資本、生産性の向上が不可欠です。同国にて知識経済を形成・発展させるためには、国家の発展、脱石油経済と経済の多様化を担う科学技術専門職(エンジニア、化学者、IT専門家)を育成する必要があります。SETIは、教育と投資に並ぶ国家の経済成長の原動力であり、貧困脱却、疾病予防、環境保全に貢献するものとして世界的に広く認知されています。

東ティモールでは、SETI分野の質の向上を図るため、基礎教育の理数科教育強化を主なアプローチとしました。また、政府による高等教育分野の戦略にて、高等教育の質の保障と標準化、技術・職業教育での実践的な訓練の提供を打ち出しました。これらは、基礎教育、特に低学年の段階から、適切な算数・理科教育が行われてこそ可能となるものです。そこで、UNESCOは日本政府の支援のもと、TLNCU-SESIM(東ティモール国ユネスコ国内委員会―理数科研究センター)、東ティモールUNESCO国内委員会、日本のパートナーと協働し、「東ティモールにおける理数科初等教育強化計画[3]」を2019年2月より実施しています。UNESCOおよび日本の各パートナーは、まず、各州から教員代表を招待して実施したカリキュラムマッピングワークショップの成果や、小学校で行った診断テストの結果をもとに、現行のカリキュラムが抱える課題を洗い出し、サイクル1(小学校1年~4年)、サイクル2(5年~6年)用の児童用副教材と教員用指導書を開発しました。同教材の普及を目的とした全国教員研修に向けて、同研修の講師となるマスタートレーナを対象とした研修をオンラインで実施しました。2022年には、東ティモールの13の州の教員を対象とした教員研修を行い、さらに各州で理科用実験室を設置する予定です。

 

開発した副教材は、東ティモールの教育の実情に鑑み、現地の子どもたちの学びを促進するため様々な工夫を凝らしました。例えば理科では、現地のカリキュラムに記載された実験を効果的に実施するため、詳しい実験の手順を記載するととともに、児童の予想・実験の結果を記載する「観察シート」を付けることで、どのような点に着目して実験を行うのかを明確にしました。また、教員用指導書に記載した「板書計画」も現地から高い評価を得ました。日本では当たり前のように使われているものですが、このようなひと工夫は現地の教員にとって、大きな助けになるようです。

また、研修では「授業研究」の方法についても紹介しました。研修後のアンケートでは、参加者のほとんどは授業研究が「とても有効」であると回答しましたが、1教室あたりの児童数の多さなど、東ティモールの実状に合わせて実施方法を考えるべき、という意見も挙がりました。日本の教育実践は他国の教育に十分活用できるものですが、日本型教育を応用する際には、現地の事情を十分に考慮し、どのように現地化していくかを検討することが重要であると気づかされました。

共著:「東ティモールにおける初等理数教育強化計画(UNESCO連携)」実施支援プロジェクト
チームリーダー/算数教育専門家
株式会社コーエイリサーチ&コンサルティング 米田勇太

 

2022年以降の取組については、https://en.unesco.org/fieldoffice/jakarta  をご覧ください。

写真2:カリキュラムマッピングワークショップの様子:  杵渕 正巳 在東ティモール日本国大使 ©UNESCO、TLNCU

写真3:ワークショップにて理数科カリキュラムについて話し合う参加者 ©UNESCO、TLNCU

写真4:現行カリキュラムが抱える課題を洗い出すための評価セッション ©TLNCU

写真5:「東ティモールにおける理数科初等教育強化計画」実施支援プロジェクトバナー ©UNESCO、TLNCU

 

[1] http://portal.unesco.org/en/ev.php-URL_ID=15244&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html

[2] Science Circus Internationalは、国際的なSTEM教育の能力向上に取り組んでおり、STEMの魅力を子ども、教員、社会に発信し、探究心、スキル、知識、意欲の向上を促進しながら、個々人のキャリア育成と対象国の発展を目指しています。

[3] https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_007114.html

 

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■著者プロフィール

杉浦 愛 (Ai Sugiura)

UNESCOアジア太平洋地域科学局(ジャカルタ事務所)
科学政策・科学能力構築 プログラム専門員

 

 

 

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