日本型教育の世界展開―これまでの経験から(筑波大学教育開発国際協力研究センター長 礒田正美)

2016年12月09日

「日本の教育」の輸出事始め

筑波大学が日本型教育の世界展開に携わって30余年になる。一つの契機は、第2回国際数学教育調査(1981)。圧倒的な経済成長を背景に、欧米が日本の教育調査に乗り出し、文部省が教員研修留学生制度を設けた時代に遡る。ユニバーサル教科「算数・数学」がその中核である。故三輪達郎教授が開始した「数学的問題解決における日米比較研究」(1984)を契機に、海外研究者の筑波大学附属学校詣でが常態化した。1994年に始まる最初のJICA教育技プロも現帝京大学清水静海教授が企画された。日本型教育の中核をなす授業研究に至っては附属小学校創設年に師範学校が発行した「教師心得」(1873)まで遡れる。

今日の教育開発:拠点システム事業からEdu-Port事業へ

EDU-Port事業は、企業・大学の持続発展を希求する点において、この先史から飛躍している。教育開発は、日本と各組織・業態が自らの将来をかけ挑む仕事となった。今日の大学の窮乏を見越し文部科学省が企画したのが拠点システム事業(2003)である。筑波大学教育開発国際協力研究センターCRICEDは、その拠点センターとして教育の発信型モデルを展開すべく2002年に発足した。以来、科学研究費、JICA事業、連携融合事業、そして2006年には日本政府提案APEC授業研究プロジェクトまで加え、CRICEDは国際ネットワークのハブとなり、日本型教育の世界展開を先導する数々の成果をあげてきた。筆者個人の場合で言えば、編者となった海外書籍(含む教科書)は英書33冊、西書18冊、泰書13冊、露書1冊になる。例えばメキシコ教育省教員養成局とは、師範大学400校向け教科書13冊(ピアソン社)を学校図書「みんなと学ぶ小学校算数」をもとに開発した。現在では、CRICEDは、ASEAN域内では東南アジア教育大臣機構の提携機関、APEC域内ではAPEC授業研究ネットワークのハブとして、国内唯一無二の拠点機能を発揮している。

本サイト内EDUCA報告(2016年10月)には「商材や活動を紹介することに加え、講演テーマと連動したデモ授業を実施したり、デモ授業で利用する教具・教材とエキシビションを連動させたりと、ストーリー性を持たせた日本型教育の発信ができるとよい」と記されている。「商材」を「研究成果」という語に代替すれば、前述の時代より行っている。2016年10月のAPEC教育大臣会合では、会場内展示(写真1)と同時に、会場外でペルー教育省、カトリカ大学と、筆者が授業者になって授業研究会を2回開催し計800名が参加した(写真2)。会場内展示でもUSA・チリ間クロスボーダー授業研究を中継した。筑波大学が要した経費は、筆者のエコノミークラス旅費と展示用バーナー経費である。文部科学省、外務省、JICAのご配慮の基に成しえたことではあるが、いかに安価に実現することか。三者と大学と瞬時に同期し得るのも、拠点システム事業に端を発したこれまでの営みの成果である。

学校図書「みんなと学ぶ小学校算数」メキシコ版を手にする韓国教育副大臣、左端に筆者
写真1:学校図書「みんなと学ぶ小学校算数」メキシコ版を手にする韓国教育副大臣、左端に筆者

筑波大学協定校、ペルー最高位学府カトリック大学での授業研究
写真2:筑波大学協定校、ペルー最高位学府カトリック大学での授業研究
(JICAとJICA本邦研修OB会のバーナーに注目)2016年内では3回実施

先日のEDUCA筑波大学展示はコンケン大学が実施した(写真3)。ペルーで筑波大学がコンケン大学成果をタイ教育省と共同公開したことに対する返礼である。なぜ、助け合えるかと言えば、1999年より研究開発協業状態にあるからである。コンケン大学は、タイ教育省のもとで日本型問題解決授業研究プロジェクトを600校に拡充し、ASEAN、CLMV国向けASEAN教員研修研究開発センターを起こした。それはタイ教育省の対CLMV先導戦略でもある。筆者は、当初からそのアドバイザを務め、その上棟式に招聘された。

EDUCAコンケン大学-筑波大学-学校図書「みんなと学ぶ算数・数学」展示
写真3:EDUCAコンケン大学-筑波大学-学校図書「みんなと学ぶ算数・数学」展示
手前左がタイ側で招待講演もなされたMaitree Inprasithaコンケン大学教育学部長

軽快に海外と協業できるのは、第一に相手先経費でその国を担う研究者と命運を共にし、その研究開発を展開し共に成長しているからであり、第二に魅力ある日本の算数・数学教育を実際に実現してきた国内の中核的関係者が、教育開発に限らず、国際的な学術研究動向も先導しているからである。

授業研究の海外学術論文の中には「教材研究→公開授業→授業検討会」という日本型授業研究サイクルを実施しても、子どもの学力があがらない、教師の学びの共同体も生まれないと日本型教育を否定する研究もある。あたりまえである。日本の授業は、その気のある教師、秀でた教科書に支えられ、教科書・教師はその授業を生み出す教科教育・指導理論に支えられている。その背景理論の浸透を前提に筆者が携わるタイ政府プロジェクトでは、見事に学力向上し、学びの共同体も成立する。日本の授業が子ども中心であることは素人がみてもわかる。それが如何に秀でた教科教育理論の恩恵の上で機能しているかは識者とその恩恵を自覚し実践する教師にしかわからない。筆者の経験でも、授業を公開し魅力を感得いただくことは必須のステップであるが、その先を担える人材は限られる。そこに、日本の教育をこれまで下支えしてきた教科書/教材会社・塾・通信教育・検定法人・測定企業などが世界展開する土壌がある。

時代認識に立つ日本型教育の世界展開:インスティテュートナライゼーション

現在ある先導性は、次世代につなぐ持続発展新戦略によればこそ持続発展するものである。今日当然の時代認識は、新ビジネスモデルを競い合う中で生まれる漸進的な均衡・調和状態こそが持続発展であるという認識、そして個人裁量を超え制度化をなし遂げればこそ、持続発展への均衡も保てるという認識である。過去からの教訓は、技術移転を目標に日本側から投入しても企業がその先を展開する道は容易に拓かないということである。相手国が日本と同じ高質教科書を開発できるようにするという目標は、企業がその先、持続発展する道を閉ざしかねないのである。参画する企業側に、その先をめざす制度化へ戦略が求められるのである。

日本の教育は英語による教育において立ち遅れている。例えば、ASEAN共同体では英語によりモビリティが保証されるため、英語による各教科の教育も台頭する。そこではアパレル、家電などで起きた事態と同じ状況が生まれる。実際、シンガポールの算数数学教科書は、1980年前後の文部省の戦後協力事業を経て、世界で採用されるようになる。JICAが貢献した国でも、シンガポール教科書を採用した瞬間からシンガポール方式を謳う。先方の自律を目的とする技術協力では、それは成功である。他方、日本は先進的であるから商圏は保たれる、今のビジネスモデルが今後も続くと楽観視するのは、誰の目にも時代錯誤である。EDU-Port事業のように、他国戦略に対する日本の苦心の戦略を背に国ごとの事業展開を進めることは魅力的である。円借款などを利用する枠組みは、海外他社からすれば羨まれる。英語による教育を国内で実現する動きは、日本でも今後加速することは間違いない。本事業への参画は、英語で仕事をする体力を築く意味でも、そのメリットは大きい。

求められることは、新規参入機会を一度のビジネスチャンスとするだけでなく、個人のパフォーマンスを超えた制度化戦略とみなすことである。我々こそが先導する、その自覚の要にある挑戦は、既存ビジネスモデル・制度を新たにする制度へと先導することへの挑戦である。それは地球規模で鬩ぎ合う世界で持続発展する究極のマインド・セットでもある。魅力を示し海外企業と協業する、支社を置く、現地会社を設立する、買収する・される、移転する、そのいずれも企業にとっては新しい絆を構築することをめざす新制度設計である。スーパーグローバル大学である筑波大学が謳うキャンパスインキャンパス、海外大学に在籍しながら同時に筑波大学の学位が取れる仕組みもまた新制度である。業態を改める絆を新制度として海外と築く必要は、企業でも大学でも、我々世代がなすべき課題である。

エンカルチャレーション(文化化)としての日本型教育の展開

教育は未来・夢を語り実際に人を育む、究極のきめ細かさが求められる営みである。変わっていくことの素晴らしさを実感することなく成立しない。日本型教育の輸出は、相手国からみれば新教育文化を築くことである。絆としての制度は新教育文化を生み出す営みによって機能する。国内がそうであるように、国外でもビジブルな成果が期待される。実際に子ども・教師が育つ姿が現れ、日本流のよさが共有されない限り、相手国自らの文化化も始まらない。筆者らが授業研究動向の中心にあるのも、育つ子ども・教師を実際に示してきたからである。そのような日本の教育を担う企業・大学の海外展開を目的にEDU-Portをはじめとする施策が用意された。またとない機会である。新規参入するにも、まずは働きかけが必要である。拠点システム事業の成果が今現れたように、日本型教育の世界展開事業の真価は、持続発展可能な絆としての制度を築く営みを経て、我々自身も進化する中で後々現れる。みなさんとの今後の展開を愉しみにしています。

■参考文献
APEC授業研究プロジェクトサイト(http://www.criced.tsukuba.ac.jp/math/apec/
筑波大学教育開発国際協力研究センターサイト(http://www.criced.tsukuba.ac.jp/
三輪辰朗(1992).日本とアメリカの数学的問題解決の指導.東洋館出版社
Isoda, M., Stephens, M., Ohara, Y., Miyakawa, T. (2007). Japanese Lesson Study in Mathematics. World Scientific. 他

■著者プロフィール
礒田正美(Masami Isoda)礒田正美(Masami Isoda)
筑波大学教育開発国際協力研究センター長/人間系教授/博士(教育学)/APEC授業研究プロジェクト代表者(2006~).社会的業績等:文部科学大臣賞(2005;内田洋行)、日本書籍出版協会理事長賞(2010;共立出版)、タイ・コンケン大学名誉博士(2012)、ペルー・イグナチウスロヨラ大学名誉教授(2014)、タイ数学教育学会設立功労賞(2015)、フィリピン大学国立理数教育開発センター50周年功労賞(2015)他

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