平和のための国際教育協力理念と日本の教育の海外展開(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授 黒田一雄)

2017年02月16日

日本の教育協力政策に一貫した理念として、文化の多様性と相互理解、そして平和というキーワードがある。対外向けに発信された最初の日本の教育協力政策となった「成長のための基礎教育イニシアティブ(小泉首相(当時)が2002年カナナスキスG8サミットで発表)では、「基礎教育は人々に考える力を与え、対話を通じて他者や異文化を理解する力を育む」とし、基本理念の一つとして「文化の多様性への認識・相互理解の推進」を挙げていた。2010年に菅首相(当時)によって国連MDGsサミットで発表された「日本の教育協力政策」では、より踏み込んで「教育を通じて文化の多様性の尊重と相互理解を増進することは、紛争後の社会の結束や和解を進め、暴力・紛争の再発を予防し、平和を実現することに貢献する」とし、「文化の多様性の尊重と相互理解の増進」を日本の教育協力政策の3つの「基本原則」の一つとしている。2015年にSDGsに向けた新たな教育協力政策として日本政府により策定された「平和と成長のための学びの戦略」でも、その表題に「平和」が掲げられただけでなく、「教育は、他者や異文化に対する理解と信頼を育み、平和を支える礎ともなる」との認識をその冒頭で示している。つまり、日本の教育協力政策には、一貫して、教育を通じた「文化の多様性の尊重」や「相互理解の増進」が平和な社会を築く礎となっているとの考え方が、その理念として示されてきたのである。

そもそも、教育分野の国際協力を国際理解や平和と結びつける考え方は、第一次世界大戦後の戦間期に広がり、第二次世界大戦後に一般化した。例えば、ユネスコは、1945年に採択されたユネスコ憲章前文に、有名な「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という一文を掲げ、「人類の知的及び精神的連帯の上に」平和を築くために、教育が必要だとの考え方を示しており、平和への志向は国際教育協力の原初的政策理念だとされる。しかし、1990年代以降のEFAや2000年代のMDGsの政策潮流の中では、途上国における教育のアクセスや質についての深刻な状況認識が国際社会で共有されていく中で、より「基本的人権としての教育」や「社会経済開発・貧困削減のための教育」といった側面が注目され、相互理解や平和への貢献として教育を国際協力の理念として位置づけることはされてこなかった。そうした時代に策定された日本の教育協力政策が、繰り返し、文化の多様性と相互理解、そして平和をその理念として掲げてきたことは、日本の教育協力の独自性であったといえる。

近年の国際情勢は、冷戦期とは異なった文化的・宗教的・経済的要因から多発する世界各地での紛争とともに、紛争後の復興支援・平和構築における教育の役割へ再び国際社会の目を向けさせた。特に2015年に策定された今後の世界のグローバルガバナンスの青写真とも言えるSDGsには「平和の文化」「非暴力」「文化多様性」というようなキーワードをもって、教育の目標が明文化された。

日本の教育の海外展開を考えるとき、日本がずっと持ち続けてきた教育協力の理念、すなわち、「相互理解と文化の多様性を基とした平和の達成」を、ぜひその羅針盤としてほしい。そうすることによって、押しつけるのではない、学びあうための、日本らしい教育の海外展開ができると信じている。

■著者プロフィール
黒田一雄(Kazuo Kuroda)黒田一雄(Kazuo Kuroda)
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授/早稲田大学国際部長/JICA研究所客員研究員/Ph.D.(教育学・コーネル大学)/日本比較教育学会理事/国際開発学会常任理事・『国際開発研究』編集委員長/ユネスコ『Global Education Monitoring Report』諮問委員/広島大学教育開発国際協力研究センター講師・准教授、東京大学大学院教育学研究科客員教授、ユネスコ国際教育計画研究所客員研究員、日本ユネスコ国内委員会委員等を歴任。

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